亀戸天神

新年あけましておめでとうございます。

昨年は皆様のおかげで、インスタグラム・ブログ・face bookを開設し、目標の1000フォロワーを達成することができました。ありがとうございました。

今年も例年同様、会社の近くにある「亀戸天神」でお参りをしてきました。

亀戸天神は学問の神様で知られている「菅原道真」を祀っている神社の一つです。

菅原道真といえば、授業で習うほど有名な平安時代の学者・政治家ですが北野天満宮をはじめとした神社に祀られるようになったのはどうしてでしょうか?

菅原道真は代々学者の中流貴族の学問の家系に生まれました。幼少期より詩の才能を発揮しており、菅原家の邸宅には梅があったため、「梅」に関する詩が多く残されています。

そんな才能に満ち溢れた道真は、学問の家系ながら宇多天皇に数々の実績を認められ(遣唐使の停止を提言するなど)、政治の中心にかかわる役職へと昇進していきます。その後、醍醐天皇の代には左大臣に次ぐ右大臣に就任します。

当時は異例の大出世をした道真。もちろん彼をよく思わない人もたくさんいました。その筆頭となったのが当時の右大臣藤原時平です。時平はなんとかして道真を右大臣から引きずり降ろそうとします。当時、道真の娘は醍醐天皇の弟である斉世親王の妻であったため、「道真が醍醐天皇を廃して、義理の息子の斉世親王を即位させようとしている」と、根も葉もない噂を天皇の耳に入れ、それにより驚いた天皇は道真を右大臣から降格させ、大宰府の役人として都から遠く離れた九州へ左遷させてしまいます。

左遷してから2年後、道真は病気になり都に帰る前に生涯を閉じてしまいます。そして、道真がなくなって間もなくして、都では時平をはじめとした道真の左遷に関わった人々が不審な死を遂げます。日照りや洪水、落雷といった異常気象が多発し、疫病も流行しましたため、相次ぐ異変に、都の人々は道真の祟りではないかと噂します。朝廷は左遷を取り消して道真の名誉を回復しますが、異変は一向におさまりません。間もなく、醍醐天皇も宮中への落雷に関するショックで亡くなってしまいました。怨霊を鎮めるために、人々は大宰府や京都の北野(きたの)に神社を建て、道真を祀ることにしたのです。

道真を祀る神社は、「天満宮」「天神社」「菅原神社」「老松(おいまつ)神社」などと名付けられ、全国に1万社以上存在します。天満宮や天神社の名称は、道真の神号が「天満大自在天神(てんまんだいじざいてんじん)」であることが由来です。特に有名なのが、北野・太宰府・防府(ほうふ)の「日本三大天神」です。防府天満宮は、道真が大宰府に向かう途中で立ち寄った場所に立っています。関東では湯島・亀戸・谷保(やぼ)の三社が有名です。

1万社以上あるので、お子さんの受験などの際にはぜひ近くの天神様を探してお参りに行ってみるのはいかがでしょうか?

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